京都の庭園はシンプルライフそのもの。ミニマリストはその美しさに共感



先日、東寺に行ってきました。期待していた紅葉は3分程という感じでしたが、特別拝観は、あの有名な五重の塔にも入れましたし、行ってよかったです。
ただ、なぜ京都の庭を見て、美しいと多くの人は感じるのでしょうか。私はその答えは、シンプルライフにもそのまま当てはまると強く感じました。それでは詳しく見ていきましょう。


五重の塔で有名な東寺

京都駅前にある東寺には、電車に乗っていてもすぐに目につくほど、大きい五重の塔があります。また広大な敷地に美しく、建物と植物が見事に調和しています。


ちなみに、「縁の下の力持ち」の由来はこの五重の塔です。1番下の層の屋根の四隅に、よく見たらお猿さんみたいな顔をした鬼が支えているのを見ることができます。実際見てみると、とてもちっちゃくて少し可愛かったです。


東寺には縁側に座って楽しむ庭はありませんが、広大な空間を使った贅沢なお庭を楽しむことができます。

なぜ京都の庭を素敵に感じるのか

訪れた東寺の庭のなかで、こちらが私がとても気に入ったポジションです。





さて、私はアーティストでもありませんし、庭の専門家でも空間デザイナーでもありません。京都を訪れる方の多くがそうでしょう。しかし、皆美しいと感じます。


実際、先ほどの場所にある植物が邪魔だとはこれっぽっちも思いませんでした。そこにある必然が、この美しさを作り出しているものだとすら感じます。

多分に推測を含みますが、なぜ多くの人が美しく感じ、写真におさめていくのか、
その理由は
  • 先の写真に写る植物や石や池などは、本当に必要なものだけ、そこにあり
  • そして、それらがとても大切にされ人のでしっかり管理されてそこにあるからなのではないでしょうか。


その本質はミニマリストにもあてはまる

自分の生活において、自分が気に入ったもの、自分に必要なものが身の回りにある。
そしてその物をとても大切に長い間使っている


これは、まさにシンプルライフの一つの側面じゃないですか、と思ったのです。


科学が進歩し、時代が進んでも、いつの時代も同じ姿を残す庭園に人は心癒されてきたでしょう。
最近は江戸時代の人々の生活の知恵に共感する人も増えてきて、関連本も増えてきました。

時代が変わっても、変わらない本質が、シンプルライフにもあるのでしょう。


その足で、西本願寺にも行きました。
西本願寺のお堂に、「見真」と大きく書いた板がありました。
私には、生活を豊かにする本当のことを見ましょう、と教えられたように受け取りました。


家に帰って

家に帰るや否や、物をまだまだ整理整頓する必要があるなって、思いましたね。

まだまだ道半ばということを実感します。

そう感じたのも、いつの時代も素晴らしかった庭園を、体験したからに他なりません

京都に足を運ぶのが大変だとしても、お近くの伝統ある素敵な庭園を訪れてみませんか。
きっと、シンプルライフを送るのに、とても意味ある体験ができると思います。


私もこの体験は励みになったことは言うまでもありません。





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